自作物語~第四作目「絵」~
第四作目「絵」
「おはよう。今日も家にいるわ。」私は部屋の中から外にいる母に伝えた。
「学校に行かないで本当に大丈夫なの?」母が心配そうに私に言う。
「大丈夫よ。全くもって問題ないわ。」と私が言うと、母は安心したのか観念したのか「わかったわ。朝ごはんできたから食べましょう」と言い部屋の前から立ち去っていった。
学校に行かなくなって早2週間、最初こそ罪悪感があったけれど、今となってはほとんど感じていないし、大した問題にも感じていない。
寧ろ今更、学校に行くほうが嫌というか億劫だろう。
学校に行かない期間が空いてしまう程行きづらくなるものだ。
「・・・皆は元気にやっているのかな?」クラスメイト達のことを考える。
毎日課題プリントを届けに来てくれるクラスの一人が手紙も一緒にくれるのだ。
けれど、私は手紙を見れていなかった。
手紙を見てしまうと・・・悩んでしまいそうだから。
学校に来なくなった私を心配してくれて手紙を書いてくれている・・・なんて考えるとクラスの皆に対して申し訳なさも感じてしまう。
私が学校に行かずに家に引きこもっているのは、とあることがきっかけだった。
それは今から丁度、二週間前のこと。
その日は夕方まで学校の図書館でとある本を読んでいた。
そろそろ下校時刻だったので帰ろうとしたときに、ふとクラスに忘れ物をしたのに気づいて取りに行った。
するとクラスメイトの一人が教室でモデルを見ながら絵を描いていた。
モデルとなっているのは、同じくクラスメイトで私と仲の良い友人だ。
絵を描き終えるとモデルとなったクラスメイトが自分が描かれた絵を見た。
するとその瞬間、絵を見た友人が顔を真っ青にして教室から走り去っていった。
走り去る寸前、友人と一瞬目が合った。
私のことを悲しそうな表情で見たような気がした。
すぐさま教室に入り、私は絵を描いていたクラスメイトに「顔を真っ青にして走り去っていったけど、何があったの?もしかして・・・絵に何かあるの?」と気になった私は思わず訊いた。
すると「ごめんね。モデルとなった人以外には絵は見せられないんだ。」彼はそういうと、先ほど描いた絵をカバンにしまってしまった。
「でも、どうして彼女は走って行ってしまったの?何か彼女を傷つける様な変な絵を描いたんじゃないの?」私は彼に強めの口調で訊いた。
「・・・彼女が走り去った理由は僕にはわからない。ただ、僕の描く絵は確かに普通じゃないんだ。」
普通の絵じゃない・・・?どういう意味なのだろう?
私は彼の次の言葉を待った。
「僕が描いているのは描かれたモデルとなった人の最も知っておいた方が良いことについての絵を描くんだ。」
描かれたモデルの知っておいた方が良いことを描く?
私は彼が何を言っているのか理解できなかった。
「知っておいた方が良いことなんて言われても意味が分からないだろう?簡単に言うとね、近い将来に起こる出来事の中で、知っておいた方が良いことを絵に描くんだ。実は僕には人の将来を絵にして見せる力があるんだ。信じられないだろう?まるでおとぎ話の魔法使いだ。それでも・・・何の因果か僕にはそれができるんだよ。」彼は落ち着いた様子で話をしている。
嘘をついてる感じでもないし、錯乱しているわけでもない。本気で言っているのだろうか?
私は「それなら、さっきの絵を見せれらないのはどうして?」と彼に尋ねた。
「もし、他の人が絵を見てしまったら、モデルとなった人の秘密を知ってしまうことになるだろう?誰だって自分の知られたくないことや隠しておきたいことがあるものさ。」
・・・確かに言われてみればそうだ。私は好奇心で見せて欲しいと思ったが、見られる側の立場だったら嫌だろう。
「それに・・・さっきは知っておいた方が良いことと少しボカシて言ったけど、正確に言うとモデルの運命の分岐点を描いているんだ」
・・・何だかさっきよりも余計にわからなくなってしまった。
運命の分岐点って何?
「うーん、言っていることがよくわからないのだけど、つまりどういうこと?」
「説明しても理解するのは難しいだろう。君にも絵を見せることができるけど・・・実際に僕が描いた絵を見てみるかい?だけど、自分の未来を見る行為だから、覚悟はしてね。」
私は彼の提案にドキッとした。
自分の知っておいた方が良いことを知れる。
良いことか悪いことかわからないけど、描いてもらって損はない気がする。
それに・・・実は気になっていることがあるのだ。
私は覚悟を決めて「うん。お願いできる?」と彼に伝えた。
「わかった。」
そういうと彼は私を見ながら絵を描き始めた。
驚いたことに彼は一切紙を見ずにジッと私を見つめながら絵を描いている。
彼にずっと見られていることで、何だか違う意味でドキドキしてきた。
10分程経った頃「終わったよ」と彼は言った。
随分短い・・・、本当に描けているのか心配になった。
「はい。これが君の絵だよ。」と彼から絵を手渡された。
ここに何が描いてあるのだろう。
私は好奇心を抑えられず、躊躇うことなく絵を見た。
「お母さん・・・!?」。
絵には母の姿が描かれていた。
あれ?私の絵じゃないの?
あれこれ戸惑っていると、いつの間にか私は自宅の玄関内にいた。
何が起こったのかわからず、状況の掴めない私はぼーっと立ち尽くしていた。
「どうして…家に?いつ帰ってきたんだっけ?」
そんなことを考えていると玄関の扉が開いた。
入ってきたのは私だった。
「え?私!?」
思わず口に出すが、目の前にいる私は私に目もくれずに、リビングに向かっていった。
私はもう一人の私の後を追ってリビングに向かう。
リビングに入る直前もう一人の私の声が聞こえてきた。
「・・・お母さん。私・・・会いたいよ・・・。どうして・・・こんな・・・。」
リビングに入ると泣き崩れている私がいた。
何で・・・泣いてるの?何があったの?
嫌な不安が脳裏に浮かぶ。
ふと、もう一人の私の前に何かあるのが見えた。
それを見た瞬間、私は凍り付いた。
「噓でしょ・・・。そんな・・・どうして・・・」
見たものが信じられずにいると、もう一人の私が更に泣き声をあげて叫んだ。
「お母さん!帰ってきてよ。私、一杯話したいことがあるの。・・・嫌だよ。嫌だああ。おかあさああああああん」
・・・・・?
・・・かい?
・丈夫かい?
大丈夫かい?
肩を揺さぶられて私は「ハッと」気が付いた。
先ほどまでは自宅にいたはずなのに、教室に戻ってきていた。
「大丈夫かい?顔が真っ青だ。何か辛いものを見たようだね?」
「・・・・・・・・・」
私は答えなかった。
答えてしまったら、現実に起きそうな気がしたから。
・・・でも、何となくわかっていた。
私が子供の頃から母は体調が優れず入退院を繰り返していた。
そんな母を疎ましく思ったのか、父は私が中学に上がると家を出て行ってしまった。
それでもお母さんはめげることもなく私を育ててくれた。
愚痴も言わず、泣き言も言わず、いつも笑顔で私に優しくしてくれる。
そんな母が私は大好きだった。
いつか必ず、母に恩返しをして、二人で楽しい思い出を作ろうと思っていた。
でも、この先体調が悪化したら・・・お母さんはもう満足に動けなくなるかもしれない・・・。
そんな不安があったけれど、毎日見る母の顔は明るく元気で、体調が悪くなるなんて思えなかった。
先ほどの光景を見るまでは・・・。
「・・・あれって、いつ頃起こるの?」
「僕には君が何を見たのかわからない。それに絵の内容がいつ起こるかも僕にはわからないんだ。」
「そう・・・」
「ただ、一つ言えることがある。その未来は君次第で如何様にも姿を変える。」
「それって、未来を変えられるってこと?」
「それはできない。君が見たことはどうあっても必ず起こるんだ。どんなにそれを回避しようとしても無駄なんだ。」
「だったら・・・何も変わらないじゃない!」私は叫んだ。
彼が悪いわけでもないのに・・・自分で見たいって言ったのに・・・自分の身勝手さに余計に憤ってしまう。
少しの沈黙の後、彼が口を開いた。
「言葉が足りなかったね。すまない。確かに未来を変えることはできない。けれど、君がどのようにそれを受け止めるかはまだ決まっていない。それが唯一の希望なんだ。」
「唯一の希望?悲劇的なことにそれ以上の意味があるとは思えないわ!」
またも強気な口調で言ってしまった。
彼は未来は変わらないといったのに希望があるといった。
その希望は未来に起こる悲劇に対して私がどのように受け取るか次第ということだった。
それの一体何が希望なのだろう?
いつか来る悲しみを意識しないからこそ私たちは今を平穏に生きてられる。
知らないから、わからないから可能性を信じて未来に生きられるんじゃないのだろうか?
よく、物事は受け取りかた次第で変わるというが、そんなのは詭弁だろう。
辛いものは辛いし、苦しいものは苦しいのだから。
「未来に期待するのはね・・・厳しいようだけど、現実から目をそらしているだけなんだよ。」と彼は言った。
私の心を見透かされたような気がして、動揺したあまり顔をそむけてしまったが彼は話を続けた。
「僕たちは必ず明日が来ると信じて今日を過ごしている。でも、それって本当に正しいことなんだろうか?昨日と同じ日は二度とやってこない。今日と同じように過ごせる日が続くなんてどこにも保証はない。」
「それはそうだけど、そんなの仕方ないじゃない。誰も未来のことなんてわからないんだから。」
「そうだね、その通りだよ。未来のことはわからない。だけど、心のどこかで何となく、今日と同じ日が続くような気がする…あるいは明日は必ずやってくると思っている。いや・・・もしかしたら無意識に願っているのかもしれない。」
「・・・。それはおかしなことじゃないでしょう?だって生きていれば明日は自然とやってくるものでしょう?明日が来ないって思ったら・・・自暴自棄になってしまうわ。明日がないなら、何をやってもいいじゃない。でも、そうはならない。それは明日が来ることをわかっているからじゃないの?来ることが分かっているなら、どうして明日に期待をしてはいけないの?」
「仮に明日が来ることが何となく分かっていても、明日に期待をするのではなく、今自分にできることを精一杯やるんだよ。明日になったらもしかしたら、今よりも良くなっているかもしれない。そう思わないと1日を超えられないからね。でも、今この瞬間より大切なことなんて何一つ無いんだ。だから自分の将来に起こる出来事が分かった時に、それに対して今の自分がどう向き合うかで人生は変わる。悲劇をただの悲劇にするのか。それとも悲劇が起こるまでの毎日を心残りのないものにするか。それは全部自分次第なんだ。僕たちにできることは今この瞬間にできることを全力でやる・・・それ以外に何もないんだ。だから、どうか君には悲しい未来で終わらせるのではなくて、後悔のない選択をして欲しいんだ。」
私は彼の話にいつの間に聞き入っていた。
彼の言っていることは正しい。
けれど、正しさだけでは納得ができない。
私たちには感情がある。
どんなに正論を並べられても、受け入れ難いことはあるだろう・・・。
でも、不思議と彼の言葉はすっと胸に落ちる。
なぜだろう?どうして彼の言葉を私は受け入れることができるのだろう?
それに、彼の考えはとても私と同い年とは思えないほどしっかりしているし、言葉に重みがある気がした。
何だか自分がとても幼く思えてしまう。
同時に疑問も湧いた。
彼はどのようにしてこんな風に考えられるようになったのだろうと?
「あなたはどうしてそんな風に考えられるの?私にはとても同じように考えることができないわ。」
「・・・・・・・・・。」
彼は黙ってしまった。
訊いてはいけない地雷を踏んでしまっただろうか?
少しの沈黙が流れた後、「僕は・・・」と彼は口を開いた。
「僕は・・・子供の頃ある事故に巻き込まれたんだ。その事故で両親は死んでしまった。一人残された僕は祖父母のもとに預けられたんだ。そして高校に進学するのと同時に故郷であるこの街に帰ってきたんだ。久しぶりの故郷は懐かしさよりも、始めて越してきたかのような新鮮さにあふれていて、何だかドキドキしたよ。僕は両親と子供の頃暮らしていた家に今住んでいるんだ。事故の後、隣の家の人が管理をしてくれていて、僕がいつ帰ってきても住めるようにしてくれていたんだ。」
彼は過去の出来事を遠くを見つめるようにして語っている。
「ただ、僕には問題があってね。自分で言うのもなんだけど、人と上手くコミュニケーションが取れないんだ。10年前の事故があった時に、失意のどん底にいた僕に周りの人は可哀そうというだけで、誰も助けてくれなかった。それどころか、保険金がいくら降りたとかそんなことを詮索している人が大多数だった。それを見て思ってしまったんだ。人は結局自分のことしか考えていなくて、周りのことなんてどうでもいいと思っているんだって。そんなこともあって、人を心の底から信頼できなくなり、裏では何を考えているか分かったものじゃないと、疑心暗鬼に苛まれるようになって人を信じられなくなったんだ。だからこっちに転校してくる前は友達が一人もいなかったよ。」
「そんなことがあったのね。」
「うん。でも、こっちに来たからと言って何も変わっていない僕は再び孤立の道を歩み始めようとしていた。でもあることがきっかけで、人を少しずつ信じられるようになって、これまでの自分の考えが間違っていたことに気づくことができたんだ。」
「あることっていうのは?」
一体何が彼を変えるきっかけになったのだろうか?
私はそれが気になって仕方なく、彼の言葉を待った。
「実は10年前に起きた事故の関係者と会ったんだ。その時に事故の真相を教えてもらった。」
事故の真相・・・。
その言葉を聞いたときに私の中で少し引っ掛かるのを感じた。
思い出したくもない自分の父のことだった。
父が家を出て行った原因は母が入退院を繰り返して、それにうんざりしたからだ・・・少なくとも私はそう思っている。
しかし、母は結婚前から体が弱かったと聞いていた。
それが分かっていたのにうんざりなんてするだろうか?
・・・いや、やめよう。考えても仕方のないことだ。
今は彼の話を聞こう。
「それで、事故の真相はどうだったの?」
「さっき隣の家が僕の家を管理してくれていたって話はしたよね?隣の家には僕の幼馴染みが住んでいるんだ。子供の頃から仲が良くてさ、こっちに戻ってきてうまく馴染めなかった時に、いつも優しく支えてくれたんだ。だから今、何とか皆と打ち解けることができたんだ。」
「それと子供の頃の事故と何か関係があるの?」
「・・・10年前の事故は幼馴染である彼女が引き起こした事故だったんだ。」
「・・・・?」
「最初聞いたときは全く信じられなかった。気になった僕は思い切って、幼馴染みに10年前の事故について聞いてみたんだ。」
「どうだったの・・・?」
「その人が言っていたのは本当だった。幼馴染は泣いて謝りながら、全てを話してくれた。」
「それは・・・・・許せないよね?大切な家族を奪ったんだもん。」
「確かに両親はもう帰ってこない。どんなに願っても努力をしても…」
「そうだよ!だから、許しちゃいけないよ。それに、幼馴染の人だって、親切にしてくれたのは後ろめたさがそうさせたんじゃないの?」
「幼馴染の口から直接話を聞くまでは僕もそう思っていた。幼馴染みを許すことができず、今まで優しくしてくれたのは全部本心からのものじゃなかったのかってね。ただ、幼馴染みを恨む気持ちが膨らむ一方、同時に感謝の気持ちも膨れていったんだ。」
「感謝?どうして?両親の仇じゃないの?」
「例えそうだったとしても、これまで自分にしてきてくれたことが消える訳じゃない。しかもずっと後ろめたさを感じて苦しかったはずなのに目を背けずに自分と向き合ってくれたこと。それがどれだけ大変なことか…」
「でも、幼馴染みがいなければそんな苦しさは味わう必要なかったじゃない!許せないじゃない!同じ目に合わせたいじゃない!」
聞いているなかで父のことが頭から離れなくなっていて、それもあって思わず叫んでしまった。
病気で苦しんでいる母を見捨てて出て行った父。
私は今でも父が許せない。
どこで何をしているのか知らないけれど、あの人を受け入れることはこの先一生ないだろうと思っている。
「…僕は、それでも僕は、彼女に感謝しているし、苦しさを抱えずに幸せになって欲しいと今は心から思っているよ。」
「何で…そんな風に思えるの?」
「何でだろうね。同じ立場だったら、恐らく彼女のように向き合うことができずに逃げていたんじゃないかって思うんだ。それに僕は両親の死を悲しくて苦しいだけのものにしたくないっていう気持ちもあったから。…ただ、1つだけ確かに言えることがあるんだ。それは…」
「アカヤいる?」
突然教室のドアの方から女性の声が聞こえてきた。
「いるよ。用事は済んだの?」
「うん。待たせてごめんね。…お話し中だった?」
彼女が迎えに来たのかと思った私は咄嗟に「大丈夫。忘れ物を取りに来て少し話をしていただけだから。・・・絵を見せてくれてありがとう。」
「ううん。話が途中になってしまってごめんね。僕から最後に1つだけ伝えたいことがある。今を大切に過ごして。きっと必ずそれが君の幸せに繋がって行くから。」
「・・・・・分かった。ありがとう。」
私は彼にそう言うと、教室を出て帰路についたのだった。
あの日から私は少しでも母と一緒にいたくて、家に居るようにしたのだ。
母は私が学校でいじめにあっているんじゃないのかと心配していたが、いじめではなく学校ではできない勉強がやりたくなったので、家で勉強をするのだということで納得してもらった。
実際、学校の授業では学べないことなので嘘ではない。
母と一緒にいるだけではきっと後悔をすると思い、母の病気のことについて調べ始めたのだ。
少しでも母が元気になって欲しいという思いからだった。
母も最初は学校に行かないことを心配していたが、家で熱心に勉強している私の姿を見て本気だと思ってくれたらしく、学校に連絡をして、課題の提出で単位の代わりとしてくれないかと頼んでくれた。
それに母が私と一緒の時間が増えたからか、以前よりも元気になった気がした。
そんなこともあり、私は母と一緒に過ごす大切な時間を作ることができた。
・・・・・・・・
私が学校に行かなくなってから半年が経った頃、母はこの世を去った。
この時、初めてあの時見た光景は事実だったのだと確信できた。
それまではどこか実際には起こらないのではないかと期待する思いが少しあったのだ。
結局の所、私は母に何もしてあげることはできなかった。
一緒に過ごす時間を作ることはできたけど、何もできなかった。
しかし、以前の私と二つだけ違うことがあった。
母が亡くなった悲しみを他の人に与えたくないと思い、医療の勉強を本格的に始めていた。
母の死はとても悲しかったし、今でも時折思い出して涙が出そうになる。
でも、母の死をただ悲しいものにしたくなかった。
もしも、私があの時未来を見ていなかったら、一体どうしていたのだろう?
母の死に絶望して、悲しんで泣きじゃくっている未来になっていたのだろうか・・・。
…よそう。
ありもしないことを考えても意味がない。
それよりも、今と向き合って生きることの方がよっぽど大切で意義があることだ。
「さて、それじゃいきますか。」
私はとあるアパートの一室に向かっていた。
母がこの世を去る1か月ほど前に、ある話をしてくれたのだ。
それは以前から気になっていたことだった。
父が病気がちだった母とどうして一緒になったのか。
それに母はどうやって生計を立てていたのだろうか・・・?
1つだけ心当たりはあったけれど、信じられなかった。
でも、母の話を聞いて、少しずつ受け入れようとする自分に気づいた。
直ぐに受け入れることはできない。
どんな理由があろうと事実は事実。
決して消えることはない。
けれど、それも私の考え方一つで何もかも変わる。
母の・・・どんな時でも笑顔で楽しそうに過ごしていた、母のように私もなりたいから・・・。
・・・・・・・・。
絵を見てから、半年が経った。
私はあの日に見たことが信じられなくて、ずっと悩み続けていた。
今日も一日あの日に見たことをずっと考えていた。
ふとテレビで気になるニュースがやっていた。
「~高校の女子高生快挙。某有名なプレゼン番組に出演。人生の過ごし方について熱弁を振るいました。彼女は~」
・・・。
テレビに映っているのは私の友人だ。
半年前不登校になり、いつの間にやら有名人になっていた。
そう・・・ちょうど私があの絵を見たころから、彼女は不登校になっていた。
教室を出るときに彼女を見たので、あの後、彼女も絵を見て、ショックのあまり不登校になったのだと思っていた。
絵を見てから数日経った後、絵を描いてくれたクラスメートに確認すると、絵を描いたという。
やはりショックで引きこもっているのだろうと思っていた。
そうだよね。
そうなるよね。
現実は厳しいものね。
だが彼女は私の想像とは異なり前に進んでいた。
どうして私と彼女はこんなにも違う結果になったのだろう?
何だか全てが恨めしく見える。
どうして自分だけ・・・。
そんな思いが心の中に渦巻いていた・・・・。
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